決められない自分は、悪いのか

2026-01-12

「決められない自分は、よくないのではないか」

出会いの場にいると、
そんな気持ちがふと浮かぶことがあります。

返事を迷っているあいだに、
相手が先に進んでしまった。

いい人だと思っていたのに、
自分の中で何も決まらないまま、
時間だけが過ぎていった。

そのたびに、
「自分は優柔不断なのかもしれない」
と考えてしまいます。

でも、少し立ち止まって考えてみると、
“決められない”という状態には、
いくつかの種類があるように思います。

怖くて動けないとき。
情報が足りなくて判断できないとき。
気持ちがまだ追いついていないとき。

すべてが同じ「決められない」ではありません。

とくに出会いの初期では、
気持ちが追いつかないことは
とても自然なことだと思います。

相手をよく知らない。
自分の感情もまだ輪郭がはっきりしない。

それなのに、
「早く答えを出すこと」が
前向きさや誠実さの証のように扱われる。

そこに、
少し無理があるのかもしれません。

決められない時間は、
何もしていない時間ではありません。

自分が何に安心するのか。
どんな距離感が心地いいのか。
何に引っかかりを覚えるのか。

そうした感覚を、
静かに確かめている時間でもあります。

もし、
「決められなかった出会い」があったとしても、
それは失敗ではなく、
途中で立ち止まっただけなのかもしれません。

そして立ち止まれるということは、
自分の気持ちを雑に扱っていない、
ということでもあります。

Melu Online では、
決断の早さよりも、
気持ちの確かさを大切にしたいと考えています。

すぐに結論を出せなくてもいい。
揺れているままでもいい。
言葉になるまで、時間がかかってもいい。

決められない自分を、
責めなくていい場所でありたいと思っています。

出会いは、
判断力を試すテストではありません。

誰かと向き合うために、
自分の気持ちに向き合う時間も、
ちゃんと含まれていていい。

そう考えています。

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